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名古屋地方裁判所 昭和29年(わ)554号 決定

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一  一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告人は、昭和二八年七月二二日、麻薬取締法違反罪により勾留中起訴され、同年八月八日保釈許可決定により保釈されたが、同月二六日、舞鶴港から当時の中共地区へ向けて出国した。

2  被告人に対しては、同年一〇月二六日、検察官の要請を受け、名古屋地方裁判所において、被告人の出国をもって刑訴法三三八条一号に該当するとして公訴棄却の判決があった。

しかし、検察官がこれに対し控訴をしたので、控訴審は、昭和二九年二月二五日、被告人が出国したからといって我が国が裁判権を失なうものではないとして、原判決を破棄し、一審へ差し戻した。

3  被告人は、前記出国後、中国上海市において日本人女性と同居し、子どもらを養育しているようであるが正確なところは不明である。

4  右の間、被告人に対する書類の送達手続は刑事訴訟規則六三条の、書記官による書留郵便に付する方法等で、被告人の保釈制限住居あてなされた。

5  検察官は、昭和六三年一一月一日、本件の事案が比較的軽微であり、被告人の出国後三五年余を経ているので、公訴を維持する実益に乏しい、との理由で、本件公訴を取り消す旨申し立てた。

二  刑訴法二五七条は、「公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる。」旨規定し、第一審の判決があった後は、公訴の取り消しができないかのように解釈する立場もあるが、右規定は、判決をした裁判所の活動を裁判所ではない検察庁の行為により無に帰せしめることを避けるために設けられたものと解釈するのが相当であるところ、本件のように、国法上の同一の組織体である裁判所の上級審により、右の第一審の判決が破棄され、第一審に差し戻された場合には別異に解釈するのが相当である。

そして、本件では、第一審の裁判所自体は実体的審理はほとんどせず、刑訴法三三八条一号に該当するとして公訴を棄却したものであること、その判決もすでに破棄されて、もはや何らの効力もないこと、被告人が中国へ出国してから三五年余を経過し、今後、我が国へ再入国し、本件の審理が行なわれる可能性があるとは考えられず、本件の公訴を維持する実益は全くないこと等の実情が認められる。

三  そうすると、本件公訴の取り消しは適法と認められるから、刑訴法三三九条一項三号により主文のとおり決定する。

(裁判官前原捷一郎)

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